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鹿児島地方裁判所 平成9年(わ)59号 判決

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

未決勾留日数中五〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人は、鹿児島県大島郡徳之島町長として同町の事務を統括掌理し、同町が発注する土木工事の指名競争入札における入札書比較価格の決定、入札の執行などの職務を担当していたものであるが、

第一  A建設代表取締役Aと共謀の上、同町が平成六年一一月一一日を入札予定日として指名競争入札に付することを決定した平成六年度需要創造型農業推進農業構造改善事業中部花徳地区轟木二工区六-二の土木工事の指名競争入札に関し、同日、鹿児島県大島郡徳之島町亀津七二〇三番地徳之島町役場町長室において、同工事の入札書比較価格八五五万六〇〇〇円に近接する金額八五一万三〇〇〇円を同人に内報し、よって、同人をして、同日、同役場第三会議室において行われた同工事の入札に際し、右入札書比較価格八五五万六〇〇〇円に近接する金額八五一万三〇〇〇円で入札させて右A建設に同工事を落札させ、もって偽計を用いて公の入札の公正を害すべき行為をした。

第二  Aと共謀の上、同町が同年一二月一九日を入札予定日として指名競争入札に付することを決定した県単独農業農村整備事業前晴地区六-一の土木工事の指名競争入札に関し、同日、同役場町長室において、同工事の入札書比較価格一一二五万二〇〇〇円に近接する金額一一一九万五〇〇〇円を同人に内報し、よって、同人をして、同日、同役場第三会議室において行われた同工事の入札に際し、右入札書比較価格一一二五万二〇〇〇円に近接する金額一一一九万五〇〇〇円で入札させてA建設に同工事を落札させ、もって偽計を用いて公の入札の公正を害すべき行為をした。

第三  B建設代表取締役B及び同社役員Cの両名と共謀の上、同町が同年一二月一九日を入札予定日として指名競争入札に付することを決定した県単独農業農村整備事業松地区六-一の土木工事の指名競争入札に関し、同日、同役場町長室において、同工事の入札書比較価格一一〇六万五〇〇〇円に近接する金額一一〇一万円を右両名に内報し、よって、右Bから右入札の入札書比較価格に近接する金額一一〇一万円の教示を受けたD組の従業員Eをして、同日、同役場第三会議室において行われた同工事の入札に際し、右入札書比較価格一一〇六万五〇〇〇円に近接する金額一一〇〇万円で入札させてD組に同工事を落札させ、もって偽計を用いて公の入札の公正を害すべき行為をした。

第四  F及びG工業代表取締役Gと共謀の上、同町が平成八年一〇月一四日を入札予定日として指名競争入札に付することを決定した平成八年度徳之島町総合運動公園スタートデッキ組立工事の指名競争入札に関し、同月一三日ころ、Fをして、〈地番省略〉F方事務室において、同工事の入札書比較価格四三八七万三〇〇〇円に近接する金額四三一〇万円をGに内報させ、よって、Gをして、同月一四日、同町役場第三会議室において行われた同工事の入札に際し、右入札書比較価格四三八七万三〇〇〇円に近接する金額四三一〇万円で入札させて右G工業に同工事を落札させ、もって偽計を用いて公の入札の公正を害すべき行為をした。

(証拠)〈省略〉

(事実認定の補足説明)

注 以下の説明においては、捜査官に対する供述調書中の供述、公判調書中の供述部分及び公判廷における供述を区別することなく、全て「供述」と表示することとする。

一  弁護人は、判示第三の事実について、「被告人が、平成六年一二月一九日、徳之島町役場町長室において、B及びBの娘であるCに対し、県単独農業農村整備事業松地区六-一の土木工事(以下「本件工事」という。)の入札書比較価格に近接する金額一一〇一万円を内報した事実はなく、このような事実があったとするB、Cの法廷における証言及び捜査段階における被告人の自白調書はいずれも信用性がないので、被告人は無罪である。」旨主張し、被告人も、法廷において、右主張に沿った趣旨の供述をしているので、以下検討する。

二  判示第三の事実に関する証拠のうち、被告人の犯行を直接裏付ける証拠であるB及びCの各証言並びに被告人の捜査段階における自白調書を除いたそれ以外の関係証拠のみによっても、以下のことが明らかである。

1  関係証拠によれば、判示第三の事実に係る公訴事実中、平成六年一二月一九日、徳之島町役場第三会議室において、本件工事の入札(以下「本件入札」という。)が行われたこと、落札の最高限度額である入札予定価格から消費税分を控除した価格である入札書比較価格は一一〇六万五〇〇〇円であったこと、D組の経理事務や工事事務を担当していたEは、Bから同人が入札する金額として教えられた一一〇一万円の金額より一万円低い一一〇〇万円で本件工事の入札をし、その結果D組が本件工事を落札したことがそれぞれ認められ、弁護人もこの点は特に争っていない。そして、右事実によれば、EがBから教えられた一一〇一万円及びEが入札した一一〇〇万円の各金額は、いずれも入札書比較価格に近似した金額であることが明らかである。

2  このようにD組が入札書比較価格に近似した金額で本件工事を落札するに至った経緯に関して、関係証拠によれば、次の事実が認められる。

(一) 徳之島町の発注する公共工事については、助役が指名委員長となる指名委員会で決められた指名業者による競争入札により施行業者が決められていたが、本件工事については、D組、B建設、A建設、H組及びI建設が入札参加業者に指名されたところ、本件入札に先立って、D組を除く右業者間で談合が行われ、B建設が本件工事を落札することになっていた。

(二) ところが、D組代表取締役のDが、本件工事の落札を強く希望し、B建設代表取締役のBに対して本件工事を譲ってくれるように申し入れたところ、Bは、以前D組で働いてDの世話になっていたことなどから、右申し入れを受け入れ、結局本件工事はD組が落札することになった。

(三) 本件入札当日である平成六年一二月一九日朝、B及びCは、入札会場である徳之島町役場に行く途中、D組事務所に立ち寄り、BがD及びEに対して、「自分はこれから役場で上の人から価格を教えてもらうようになっている。金額は会場で教えるから。他の業者は自分が面倒を見るから。」などと話した。

(四) 本件入札の開始時刻である同日午前一〇時の少し前ころ、Eは、入札会場である町役場三階会議室の入り口付近の廊下において、Bから、「自分は一一〇一万円で入札する。」と教えられ、右金額より低い金額で入札すれば落札できると思い、一一〇〇万円で入札することにした。また、Cは、そのころ、入札会場またはその付近において、A建設、H組、I建設の各関係者に対し、一一〇一万円より高い金額を記載したメモを渡してそのメモに記載した金額で入札するように依頼し、右依頼を受けた各関係者はそれを了解した。

(五) その直後に行われた本件入札において、D組は一一〇〇万円、B建設は一一〇一万円、A建設は一一一五万円、H組は一一一九万円、I建設は一一二〇万円でそれぞれ入札した結果、D組が本件工事を落札した。

3  前記2の各事実及びEがBから教えられた一一〇一万円及びEが入札した一一〇〇万円の各金額は、入札書比較価格に近似した金額であることを総合して判断すれば、Bは、本件入札開始の少し前ころに、徳之島町役場において、町の上層部の誰かから、本件工事の入札書比較価格に近似した金額として一一〇一万円を教えられたことが優に推認されるものと言うべきである。

4  次に、Bに前記一一〇一万円の金額を教えた人物は誰であるかについて検討する前提として、徳之島町における公共工事の入札書比較価格等は、いつ、誰が、どのようにして決定するのかという点などについて検討するに、関係証拠によれば、次の事実が認められる。

(一) 徳之島町が発注する公共工事については、まず、現場の測量・設計などをもとに直接工事費を積算し、これに共通仮設費、現場管理費、一般管理費を加えて算出した工事価格に、消費税額を加算して設計額を算定した上、事務担当者が右設計額を記入した「工事執行伺書」を起案し、係長、担当課長、助役などの決済を経た後、最終的に町長である被告人の決裁を受けていた。

(二) その後、被告人が、右設計額を参考にして、落札の最高限度額である入札予定価格(以下「予定価格」ともいう。)、右価格から消費税相当額を控除した入札(見積)書比較価格(入札は消費税を控除した価格で行われるため。以下「入札書比較価格」という。)及び最低制限価格(この価格から消費税分を控除した額が落札価格の下限となり、これを下回る価格で入札した業者は失格となる。)を、裁量により決定していたが、予定価格及び最低制限価格は秘密事項となっていた。

(三) Jが耕地課長をしていた平成六年一二月当時、耕地課の担当する公共工事にあっては、予定価格等は、通常は、入札当日の午前九時過ぎころ、J課長が、予定価格調書の記載項目と同一の項目欄が設けられている一覧表に、予め工事名と設計額を記入して被告人に渡し、被告人が、右一覧表の予定価格、入札書比較価格、最低制限価格等の各欄にそれぞれ数字を記入することにより、決定されていた。そして、被告人が右記入を終わったころを見計らって、J課長が、庶務係のKとともに町長室に行き、Kに入札書比較価格等を検算させ、計算に誤りがないことを確認した後、J課長において、右一覧表から予定価格調書に必要事項を転記し、これを被告人に見せて確認を受けた後、封筒に入れて封印して入札会場に持って行っていた。入札件数が多い場合には、入札日より前の日に、J課長が予め設計額等を記入した右一覧表を被告人に渡すこともあったが、どんなに入札件数が多い場合であっても、予定価格調書を作成して封印することは、必ず入札当日の朝に行われていた。そのため、J課長やKが入札予定価格を知るのは入札当日の朝になってからであった。

(四) 本件入札が行われた当日は、二一件と多数の入札が行われたため、予め設計額等を記入した前記のような一覧表がJ課長から被告人に渡されたのは当日より前の日である可能性が高いが、本件工事に係る予定価格調書は、前記(三)の方法により、入札当日の朝に作成された。

5  前記4の事実を総合すれば、被告人が事前に誰かに漏洩していない限り、本件入札開始前の時点において、本件工事の予定価格及び入札書比較価格を知っていた者は、被告人以外には、J課長及びKの二人だけであったと認められる。そして、関係証拠によれば、右の二人は、いずれも、右入札書比較価格等をBに教えたことを否定する旨の供述をしており、その供述を疑うべき事情は何ら見当たらない。

そこで、次に、被告人が事前に本件工事の予定価格等を誰かに漏洩していないか検討するに、被告人は、この点について必ずしも明確な供述をしていないが、関係証拠によれば、徳之島町における公共工事の入札をめぐっては、以前から、建設業者間における談合及び入札予定業者に対する入札書比較価格に近似した金額の漏洩が頻繁に行われていたことや、被告人の後援会の会計責任者をしていたFは、被告人に電話をかけて直接入札書比較価格に近似した金額を聞き出し、建設業者に対してその金額をそのまま教えたり、右金額から少し引いた金額を教えたりしていたことなどが認められるほか、Bは、法廷において、以前に助役から入札に関する価格を教えてもらったことがある旨供述している。そして、前記4の(四)のとおり、被告人は本件入札日より前の日に、本件工事の設計額を知り、入札書比較価格等を決定することができた可能性があることからすると、Fまたは助役が、本件入札より前に、被告人から本件工事の入札書比較価格に近似した金額を聞き出して、一一〇一万円の金額をBに教えた可能性が残されていると一応考えられる。しかしながら、関係証拠によると、Fは一一〇一万円の金額をBに教えた事実はない旨供述しており、その供述の信用性を疑うべき事情は何ら窺われないことに加えて、前記3のとおり、Bが一一〇一万円の金額を教えられたのは入札開始直前であったと認められるところ、本件証拠上そのころBがFと接触した形跡は窺われないことを併せ考えると、FがBに右金額を教えたことはないものと認められる。

また、助役が被告人から本件工事の予定価格等を聞いてBに右金額を教えたことはないかとの点については、被告人はそのような供述はしていない上、本件証拠上そのような形跡は全く窺われないので、結局、Bに一一〇一万円の金額を教えたのは被告人以外には考えられないということになる。

なお、弁護人は、被告人が入札比較価格及び漏洩価格を算出する計算方法は、長年同じ方法でやっていたため、いわば公然の秘密となっており、徳之島町役場の職員や建設業者などは、設計額さえ分かれば、被告人が教示するであろう価格を独自に計算してB親子に教示できる可能性もある旨主張する。しかしながら、本件証拠上被告人の入札書比較価格及び漏洩価格を算出する計算方法が公然の秘密であったことを窺わせる事実は認められない。のみならず、右に判示したとおり、被告人は、従前、Fを通じて価格を漏洩することが多かったが、Fは、被告人から教えてもらった価格をそのまま業者に伝えたり、右の価格から少し差し引いた価格を教えたりしていたのであるから、被告人以外の者が落札価格などを丹念に調べたとしても、そこに何らかの法則性を見いだすことは困難であると考えられる。そのほか、現に、判示第一、第二、第四の各犯行において、各建設業者が被告人やFに価格を聞きに行っていることなどに照らしても、弁護人が主張するように被告人の価格計算方法が公然の秘密として関係者の知りうるところとなっていたとは認められない。

6  以上のとおりであって、判示第三の犯行に関する直接証拠を除くそれ以外の証拠だけによっても、Bが、本件入札が始まる少し前ころに、徳之島町役場において、町の上層部の誰かから、本件工事の入札書比較価格に近似した金額として一一〇一万円を教えられたと推認されるところ、右金額をBに教えることが可能であったのは被告人以外にはいないと考えられることからすると、結局、被告人が本件入札が始まる少し前ころに、徳之島町役場において、Bに対し、秘密事項とされている本件工事の予定価格に近似した金額として右一一〇一万円をひそかに教えたことを十分に推認することができると言うべきである。

三  B親子の供述の信用性について

1  B及びCは、概ね次のとおり供述している。

「助役から本件工事を取るようにとの電話があったので、D組を除く他の入札参加業者と話し合い、B建設が落札することになったが、入札日前日の平成六年一二月一八日、D組の社長から連絡が入り、D組事務所に行ったところ、本件工事を譲るよう依頼されたのでこれに応じることとした。入札当日の同月一九日は、親子で車に乗り、途中D組事務所に立ち寄り、Eに、これから町長に金額を聞いて役場でその価格を教える旨話した後、入札会場である徳之島町役場に行った。徳之島町役場では、まず、Bが助役に挨拶した後、町長室で価格を聞こうとしたところ、中に職員がいたため、町長室前の長椅子で待ち、入札開始直前の同日午前九時四五分ころ、町長室に親子そろって入った。町長室内において、Bが『今日の松地区の金額を教えて下さい。』と言うと、被告人は、最初は口頭で何か言ったが、Bらには聞き取れず、被告人がその場にあったメモ用紙(以下「本件メモ紙」という。)に『一一、〇一〇、〇〇〇』と赤ボールペンで記載し、このメモ紙をCに渡した。その後、Bは、入札会場に赴き、入札直前にEに右価格を伝えたが、Cは、右金額より上乗せした金額を書いたメモを作ってD組以外の入札参加業者に渡した。そして、入札の結果、D組が本件工事を落札した。」

2  そこで、右供述の信用性について検討する。

(一) 右供述のうち、「本件入札が始まる少し前に、Bと一緒に町長室に入って行ったCが、被告人から、一一〇一万円と書いたメモを渡されて価格を教えてもらった。」旨の核心的部分の供述は、前記二の認定判断と大筋において一致している。また、価格を教えてもらうに至った経緯及びその後の状況等に関する供述部分は、多くの点で関係者の供述等によって裏付けられており、したがってまた、前記二の2の各認定事実ともよく符合している。例えば、本件工事についてD組以外の他の入札参加業者と話し合い、B建設が落札することに決定したことについては、話し合った相手とされる他の入札参加業者の供述と符合しており、その後、D組の社長Dから本件工事を譲ってくれるようにと頼まれ、結局D組に本件工事を譲ることにした経緯についての部分は、Dの供述と符合しており、またB親子が入札当日の朝、D組事務所に立ち寄って、Eに入札会場で価格を伝える旨話したこと、及び入札会場において入札直前にBがEに価格を伝えた点については、Eの供述によって裏付けられている。そのほか、Cが、被告人から教えられた一一〇一万円より上乗せした金額を書いたメモを作ってD組以外の入札参加業者に渡した点については、右入札参加業者らの供述及び本件入札に係る入札執行調書の入札価格欄や入札書の金額欄に記載された金額とよく符合している。

さらに、被告人が価格を漏洩した際の具体的状況については、「被告人は、最初口頭で価格を言ったが、聞き取れなかったCが『はあっ。』と大きい声を出したところ、指を口に当てて黙りなさいという仕草をし、ボールペンでメモ用紙に何か書こうとしたが、インクが出なかったためボールペンをガチャガチャさせてもう一度書き、Cにメモを渡した。」旨供述するなど、供述内容が具体的で迫真性に富んでいる。

以上の点に照らすと、B親子の供述は、細部においては年月の経過に伴う記憶の誤りなどがあり得るにしても、大筋においては高度の信用性を有するものと認められる。

(二) ところで、平成六年一二月当時、徳之島町耕地課に所属していたJ課長及びKは、法廷において、「平成六年一二月一九日は、午前九時過ぎころから入札開始時刻である午前一〇時の直前まで、町長室において被告人と共に当日入札予定の工事について予定価格調書を作成し、作業を終えて町長室を退出し、自分の部署である耕地課の部屋で時計を見たところ、午前一〇時の二、三分前だったので、急いで入札会場に向かった。自分たちが町長室で作業をしている間、誰も入室して来なかったと思う。」旨供述しているところ、弁護人は、B親子の証言によれば、同人らが町長室に入室したのは午前九時四五分ころであるから、右J課長及びKの証言と矛盾し、信用できない旨主張する。

しかしながら、J課長及びKの各証言は、本件から約三年後になされたものであり、平成六年一二月一九日の入札は、普段行っている入札と格別変わったことはなかったことからすると、右両名が当時の状況を細部まで正確に記憶しているというのは疑問である。また、B及びCの証言も、本件から二年以上後になされており、B自身、その証言の中で時間は特定できない旨述べているところであるから、B及びCの供述中、町長室に入室した時刻が午前九時四五分ころであったとの部分も、正確な時間とは考え難い。

そして、B及びCの供述する被告人とのやりとりの内容からすれば、B及びCが被告人に価格を教えてもらったのは短時間であったと推認されることからすると、J課長及びKが町長室を退出した後、B及びCが町長室に入って被告人から価格を教えてもらうだけの時間的余裕がなかったとは考え難い。このことは判示第二のとおり、本件当日の入札開始直前に、町長室において、被告人が、Aに対して価格を漏洩していることからしても明らかである。したがって、「入札開始時刻である午前一〇時の直前まで町長室で作業をしていたが、その間誰も入室して来なかったと思う。」旨のJ課長及びKの供述の正確性及び信用性は疑問であり、これがB及びCの前記供述の信用性を低下させるものとは言えない。

(三) 次に、弁護人は、本件メモ紙に記載された数字は、下三桁の「○○○」が他の数字と大きさが異なっており、別の機会に記載されたものと解するのが合理的と考えられるから、右数字は価格を教えてもらった際に全て被告人が書いた旨のBらの証言は信用できない旨主張する。

確かに、本件メモ紙に記載された数字を見ると、下三桁の「○○○」は、他の数字と大きさが異なっており、前半の「一一、〇一〇」の数字に後で他の者が書き加えた疑いも否定できない。しかしながら、すでに検討したとおり、被告人がBに本件工事に関する価格を教えたことは、B親子の供述をまつまでもなく、他の関係証拠によって優に推認しうるところであり、しかも前示のとおり、B親子の供述の信用性は高いものと認められることからすると、仮に本件メモ紙に関する同人らの供述に虚偽の部分が含まれているとしても、被告人から価格を教えてもらったという右供述の基本的な信用性に重大な影響を及ぼすとは考えられない。

(四) さらに弁護人は、平成八年七月に実施された徳之島町長選挙前のいわゆる「町長派」と「反町長派」との間で激しい政争が行われていた最中である同年六月に、徳之島町議会に被告人の価格漏洩等の疑惑を解明するための百条委員会が設置され、その過程で、B親子がいわゆる「反町長派」の町会議員らに対し、本件工事について被告人から価格漏洩を受けた旨述べ、その後、本件メモ紙がB親子から提出されたのであって、B親子の証言や本件メモ紙が出てきた背景には、いわゆる「反町長派」の政治的思惑や町発注の公共工事から外されたことに対するB親子の意趣返しの感情があり、右の経緯に照らすと、本件メモ紙は偽造された疑いが濃厚であり、B親子の証言も信用性に欠ける旨主張する。

確かに、Cが本件メモ紙を受け取った後一年以上も経過した時点でこれを提出したという点については、なぜこのようなメモ紙を捨てずに保管していたのかという疑問をはさむ余地があるようにも思われる。

しかしながら、この点について、Cは、法廷において、「D組が本件工事を落札した後、私が助役を訪ねた際、助役から、B建設が本件工事をD組に譲ったことに腹を立てている様子で、『こんなことをするんなら、もう面倒見ないよ。』などと言われたため、会社がつぶれるのではないかと不安を覚え、何かあった場合には被告人を脅す材料にしようと思って、本件メモ紙を保管していた。」旨供述しているところ、右供述に格別不自然な点はなく、納得しうる説明であると考えられ、関係証拠上、他にCが本件メモ紙を偽造したことなどを疑うべき事情も認められない。

その他、関係証拠によれば、B及びCは、本件により逮捕され、Bは、判示第三の事実などにより罰金四〇万円に処せられていることが認められ、これらB及びCが被った不利益も併せ考慮するならば、同人らが右のような不利益を被ってまで、被告人を罪に陥れるために虚偽の供述をしているとは考え難い。

のみならず、仮に、弁護人が主張するように、B親子に政治的思惑や意趣返しの感情があったとしても、先に指摘したとおり、被告人がBに価格を教えたこと自体は、B親子の供述や本件メモ紙を除いた関係証拠によっても十分推認しうるところであるから、B親子の供述の基本的信用性に重大な疑いを生じさせるような影響はないものと考えられる。

四  自白調書の信用性について

1  被告人は、捜査段階において、「平成六年一二月一九日、予定価格調書作成の作業を終えてJ課長らが町長室を退出した後、B及びCが町長室に入ってきて、本件工事について入札書比較価格に近接する価格を聞いてきたので、口頭で一一〇一万円であると教えたが、聞き取れなかったようだったので、机の上にあった白い紙切れに右の価格を示す数字を書いて渡した。」などと判示第三の事実を認める趣旨の供述をしていたが、公判廷では、「逮捕された後、足がむくみ、出血し、痛みのある症状が出たが、警察での取調べの際、取調官から、逮捕前に受けた医師の診察の結果について『糖尿病で足の手術をするかも知れない。』旨知らされ、さらに罪を認めた場合の処分について、『一〇〇万円以下の罰金である。』と告げられたため、『一〇〇万円以下の罰金で済むのであれば、足を切断されるよりは事実に反しても罪を認めて早く釈放されたい。』と思い、取調官に対し、『私がやったことにしなさい。』と申し出、その後警察においても検察庁においても、取調官が勝手に作成した調書に署名押印をし、その結果、虚偽の自白調書が作成された。」旨供述し、弁護人も被告人の右供述を前提に、被告人の捜査段階の自白は信用性に欠けると主張するので、以下検討する。

2  まず、被告人が虚偽の自白をした理由としてあげている足の手術の点についてみると、被告人が逮捕されたのは、平成九年一月二三日であり、被告人が右診察の結果を知らされたのは逮捕後であると認められるところ、被告人の平成九年一月二一日付け警察官調書(乙二)によれば、被告人は、逮捕の二日前の取調べにおいて、すでに判示第三の犯行に関して、Bに価格を教えたことを自白していることが認められるのであって、診察の結果を知らされたことが原因で自白したとの被告人の法廷での供述は、右事実と明らかに矛盾しており、信用できない。

次に、取調官から一〇〇万円以下の罰金であると告げられたとの点について検討するに、被告人を取り調べた警察官〈証人名省略〉は、法廷において、「逮捕後の取調べの際、被告人が自分に対する処罰の内容について不安がっていたので、六法全書の該当条文を示しながら、競売入札妨害罪の法定刑が二年以下の懲役又は二五〇万円以下の罰金であると説明したことはあるが、本件が一〇〇万円以下の罰金であるなどとは言っていない。」旨供述しているところ、右供述の信用性に疑いを抱くべき事情は何も窺われない。のみならず、関係証拠によれば、被告人は、逮捕される前から弁護士に相談しており、逮捕の翌日の平成九年一月二四日には弁護人を選任しているのであるから、仮に取調官から本件が一〇〇万円以下の罰金である旨告げられ、そのことが虚偽の自白の重要な動機になったというのであれば、自白調書が作成される前に、弁護人に相談するのが通常であると考えられるのであって、取調官の言葉をそのまま信じた上、さらに取調官に対して事実に反する供述調書の作成を促したというのは、余りにも不自然であり、にわかに信用することはできない。

さらに、被告人の検察官調書(乙四、五、七、八)によれば、その末尾には、検察官が調書の内容を被告人に閲読させたところ、被告人が訂正を申し立てたこと及び被告人が申し立てた訂正の内容が記載されていることが認められ、この事実に照らすと、検察官が勝手に調書を作成し、被告人がそのまま署名押印した旨の被告人の法廷における供述が虚偽であることは明白である。

3  以上のとおり、捜査段階において虚偽の自白調書が作成されたとの被告人の法廷での供述は到底信用することができない。これに反し、捜査段階における自白調書の記載内容は、供述内容にも格別不自然、不合理な点は認められず、大筋において、B親子の供述と符合していることなどからして、十分信用できるものというべきである。

五  結論

以上検討したとおり、B親子の供述及び被告人の捜査段階における自白調書を除いたそれ以外の証拠のみによっても、判示第三の主要な事実は十分推認することができるところ、右証拠に信用性に問題のないと認められるB親子の供述及び被告人の捜査段階の自白調書を加えて総合的に判断すれば、判示第三の事実は優にこれを認定することができる。

(法令の適用)

罰条

判示第一ないし第三の各行為につき

いずれも平成七年法律第九一号附則二条一項本文により同法による改正前の刑法六〇条、九六条の三第一項

判示第四の行為につき

刑法六〇条、九六条の三第一項

刑種の選択 いずれも懲役刑を選択

併合罪の処理 前記附則二条二項前段、刑法四五条前後、四七条本文、一〇条(最も犯情の重い判示第四の罪の刑に法定の加重)

未決勾留日数の算入 前記附則二条三項、刑法二一条

訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文

(量刑の理由)

本件は、現職の徳之島町長である被告人が、その権限を濫用し、本来は競争原理により公正な価格を形成すべき指名競争入札において、特定の業者に入札書比較価格に近似する価格を漏洩し、入札の公正を害したものであるが、このような被告人の本件各犯行は、競争の意味を失わせ、業者の公正な選定を妨げるとともに、落札業者に不当な利益を上げさせ、その結果徳之島町に経済的損害を与えたばかりか、町民の町政への信頼を著しく損ねたものであって、徳之島町に対する背任的行為であるのみならず、町民に対する背信行為でもあるというべきである。

被告人は、徳之島町の最高責任者として、指名競争入札において自由で公正な競争を確保し、談合など不正行為の防止に率先して取り組むべき立場にあるにもかかわらず、逆にその職権を濫用し、土木建設業者に対する価格漏洩を平成元年ころから長期間にわたって常習的に行ってきたものであって、本件の犯情はまことに悪質である。

また、本件は、地域社会やその住民に大きな影響を与えた事件であり、この点からしても被告人の責任は重いと言うべきである。

犯行の動機についてみると、被告人は、法廷において、専ら積算能力のない地元の零細業者を育成するためであった旨供述している。しかしながら、関係証拠によれば、被告人から価格漏洩を受けた業者は、被告人の後援会に半ば強制的に工事金額に応じて一定の割合の献金をさせられ、その金額は中には二〇〇万円以上の多額に及んでいる例もあることが認められ、また、被告人自身、二回目の町長選挙のときからは自分の方からは選挙資金を一切拠出していない旨述べていることからしても、被告人が、このような献金の実態を全く知らなかったとは到底考えられない。したがって、自白調書に記載されているとおり、被告人が本件各犯行に及んだ動機の一つには、被告人が町長選挙の際、土木建設業者から応援してもらうことやこれらの業者から献金してもらうことにあったと認められ、かかる利欲的な動機に酌量の余地はない。

次に、犯行後の情状についてみると、被告人は、捜査段階では本件各犯行を認めていたものの、公判段階に至って判示第三の事実を否認し、公判廷において、検察官調書が勝手に作成されたなどと明らかに虚偽の供述を平然としている上、他の三つの事実については犯行に及んだことを認めながらも、その動機について、前記のとおり、自分の行為を正当化するかのような供述をしているのであって、このような被告人の供述態度に照らすと、被告人が本件を真摯に反省しているかは疑問であると言わざるを得ない。また、被告人は、事件の再発を防ぐため入札制度の改善に取り組んでいることを反省の証であるかのように供述しているが、いかに制度を改善してみても、町長が予定価格などを決定することには変わりがないのであるから、結局のところ、価格漏洩の再発を防止するには、このような責任ある立場にある人間が、自己の置かれている立場についての強い自覚と倫理観をもって、法に違反する行為をしないことに尽きるというべきであり、入札制度の改善に努めたことをもって反省の証といえるかは疑問である。

その他、被告人は、百条委員会において、価格漏洩を否定する趣旨の嘘を述べたばかりか、百条委員会が設置された後にも判示第四の犯行に及んでいること、公判廷においても、先に指摘したとおり、明らかに虚偽と分かることを平然と供述していることなどからして、順法精神や倫理観が希薄であると言わざるを得ず、利欲的な動機に基づき、長期間に渡り常習的に価格漏洩をしていたことを考え併せると、そのような人物が自治体の最高責任者である町長の職に留まっている以上、今後も本件と同様の事態が発生するのではないかとの危惧をぬぐい去ることはできない。

以上の事情を考慮すると、被告人の刑事責任は重大であると言うべきである。

したがって、被告人には犯罪歴はなく、七五歳と高齢であること、これまで町政において一定の業績をあげてきたこと、その他弁護人の指摘する被告人のために酌むべき事情を十分に考慮しても、本件が刑の執行を猶予するのが相当な事案とは認められず、主文の刑は免れないものと判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山嵜和信 裁判官 牧 真千子 裁判官 中桐圭一)

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